就活と井伏鱒二「山椒魚」

今日バイトでテスト前の中学生に国語の授業をした。

古典は対策が終わっていたので今日は生徒のノートを見ながら課題である山椒魚に関して、設問を想定しながら質問をするという授業を行った。

山椒魚という小説に関しては中学生の時に自分も読んだ記憶があるが、こんなに自分の身につまされる話だとは思わなかった。

一応あらすじを書くと、ある山椒魚が2年間岩屋に入ってるうちに頭が大きくなってしまった外に出れなくなってしまった。

その後カエルが入ってきて、そのカエルを山椒魚自らが穴の出口に蓋をする形で閉じ込める。

さらに数年後カエルが死にそうになった時、山椒魚の問いかけに対し、俺はお前に怒っていないと答えて終わるという話である。

それくらいのあらすじしか記憶になかったが、結局この話は寓話であり、本質的には自分が穴倉にいるかもしれないのにそれに気づかないで周りを嘲笑し、いつの間にか逃げられない状況に追い込まれていく恐怖を書いたものである。

山椒魚がこの小説で行うことは、不自由な身でありながらそれゆえ自由な世界を俯瞰し、自由な事の不自由さを笑う事と、生命の重要な存在理由である繁殖ができない身でありながら目の前でコケという下等生物が繁殖していく姿を見ることすらできずに現実逃避のため目を瞑る事しかしていない。

挙げ句の果てに自分のフィールド=岩屋に落ち(堕ち)てきたカエルを逃げられなくする。

俺は最初引きこもりを暗喩した小説かと考えたが、岩屋に自分がいるということに気づかないという点で就活に当てはまるとも思う。

俺は明後日からプレエントリーが始まるが、ここまで大した準備はしていない。

それでいざ蓋が開いて、どこにも決まらない状況が続くと、世の中を恨む

「なんでこんな事で人生を決められなければならないんだ、世の中おかしい」

それは山椒魚が「たった二年ぼんやりしてただけで自由を奪うなんて神様は残酷すぎる」と言っているのと全く変わらない。

またこのような世代関係ない普遍的な思考に加えて、自分の立ち位置に堕ちてきたカエルを逃げられなくする点、昨今のネットリンチを見るようだし、繁殖に目を背ける点もネットユーザーによく見られる点であると思う。

教訓としてはボンヤリしているといつ岩屋に入っているかわからないぞだから毎日を後悔なく過ごせという事かと思うが。この小説は身につまされると同時に現代の問題もまた浮き彫りにしている点で優れた小説だと思った。

引きこもりの人と就活生にはオススメの小説である。

いずれ詳しく書いてみようと思う。